Distraction Series 7: 空 No. 2, 1968年(2020年6月30日更新)

Arakawa, Sky No.2, 1968, acrylic and oil on canvas, 48 x 36 in

1968年、荒川はその年のドクメンタ4に出品したのとは一味違う、遊び心の感じられる作品を制作しています。それは絵画及び版画上に、ラム肉のシチュー、酢豚、バナナケーキ、ココナッツミルクケーキなどの料理レシピを取り入れた作品群です。これらのレシピは荒川とマドリンが持っていた料理本から引いてきたもので、言ってみればレディーメイドの一種といえるでしょう。この作品群の画面構成には共通した形式が見られます。料理本の1ページをそのままコピーした部分と、そのレシピで使用する材料をダイアグラム/図式で記した部分が合わさって一つの作品画面となっているのです。

本日お届けする『Distraction Series』第7号は、このレシピ作品群のうち上記の挿画《空 No. 2》 (Sky No. 2) (1968年)を取り上げ、実際にReversible Destiny Foundationのスタッフ2名がこの画中に筆記体で手書きされたココナッツミルクケーキのレシピをもとに、それぞれの解釈でケーキを作ってみるという遊び心溢れる返報をしてみました。ただし描かれたレシピは「仕上げにスポンジケーキの層の間に:」という未完の一行で終わっています。見る者(作る者)はこの後の空白を埋めなければなりません。作品下部のダイアグラムにヒントを求めてもレシピの全てはわからず、ケーキをきれいに完成させるには個々人の予備知識と記憶を探るしかありません。でなければできるのはただ焼かれただけでそのままのスポンジケーキ2枚。

この作品はレディーメイドとして言語を取り込みつつ、さらには私たちを視覚のみで絵を見る習慣から解き放します。焼きあがったケーキは一体どのように見えるのか ?実際に焼くならなおさら想像せずにはいられません。さらに想像は、なんとも言えない甘さ、フレッシュなココナッツの香り、ケーキを焼く時に漂う芳香、ふんわりと軽いクラム、それぞれお好みに合わせてレイヤー/層の間にはさんだりケーキ全体を包み込むクリームのしっとり感へと広がっていきます。レシピ作品群には他にRecipe (taste it)と題された、実際に味わうことを指示するとも解釈できる一点もあります。

《空 No. 2》はケーキを実際に焼くことを指示するわけではありません。あなたの脳内にすでにはっきりとそれは出来上がっています。ただし、焼菓子作りが好きな方々にはダイアグラムがすでに十分な状況設定を提供するのではないでしょうか。この他多くの作品でも見られるように、荒川は《空 No. 2》で言葉と物を絵画空間に置き、見る者に頭の中で今まさにキッチンで材料準備中の自分の姿を思い描かせます(ただしダイアグラムで示されている材料にはベーキングパウダーが欠けており、タイトルの「空」が暗示する上方向への膨らみはこのままでは期待できません)。これは今回ケーキ製作を担当した筆者が焼菓子作りが好きで、さらに過去にココナッツケーキを食べた記憶という予備知識があってこそかもしれませんが、作品タイトルから自然とふわふわにホイップした卵の白身と軽やかに膨らむケーキを思いつきました。とは言え、もう一点同名の《空》という作品に描かれたのがラム肉のシチューである事を知ると、荒川作品における言葉と物の関係性をずらすという作用も思い起こされてくるのです。

アートはそれぞれの人が自由に反応し解釈できるものです。鑑賞者が見る行為のみに留まらず、もう一歩踏み込んで参加してもらうために、今回はRDFスタッフ2名が各々荒川作品中では未完のレシピをどのように補い、実際に焼き、そしてできたケーキの違いをみるという実験をしてみました。是非皆さんも実際にココナッツミルクケーキを作ってみてください。みなさんのケーキの完成写真は@reversibledestinyfoundationのタグをつけてインスタグラムへどうぞ!

Yours in the reversible destiny mode,

Reversible Destiny Foundation and ARAKAWA+GINS Tokyo Office