



荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所・本間桃世がクリニックのプロジェクトコーディネーションを行いました。設計は荒川+ギンズNY事務所OBの田村秀規、そして荒川+ギンズモックアップ研究会の協力の元、2人の思想を盛り込んだ空間づくりを試みました。
青木先生からご自身のクリニックを開業されるにあたり、作品や思想からインスパイアされている荒川+ギンズ(以下A+G)建築を内装に取り入れられないか、とご相談いただいたのは2024年7月のことでした。以来、A+Gと協働した経験を持つ建築家の方々をご紹介し、A+Gが遺した膨大な量の建築プランや立体作品の数々、そして荒川+ギンズモックアップ研究会(関西大学)で制作された《天命反転茶室》と《天命反転球体》を活用した空間のご提案など、荒川とギンズに倣って“コーデノロジスト”としての役割を担えれば、との想いでこの唯一無二のクリニックが実現して行く課程に立ち会えたことは大変貴重な経験でした。今後クリニックを訪れる患者様をはじめ、この空間を体験された方々がたくさんの「わたし」と出会えますように。
本間 桃世 (荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所)
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GOOD CONDITION CLINIC グッド コンディション クリニック
所在地:東京都台東区浅草橋1-30-1 浅草橋東口ビル6F
開業:2025年9月
https://goodconditionclinic.com/
プロデュース:青木信生(GOOD CONDITION CLINIC院長)
協力:関西大学荒川+ギンズモックアップ研究会
プロジェクトコーディネーション:本間桃世(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所)
特別協力:Reversible Destiny Foundation
クリニック 設計・監理:田村秀規(PODA)
施工:ORBIS Co.,ltd(担当:日暮大樹)
天命反転球体
関西大学都市設計研究室(木下光・高田勝・石田龍之介)/島津聖(矢野紙器株式会社Able Design
事業部/株式会社プレイフルワークス)、制作協力(許信澤・嶋崎友璃奈・西山美里/関西大学都市
設計研究室)
天命反転茶室
設計:小野暁彦(建築家・京都芸術大学環境デザイン学科教授)
施工:HOT METAL SOUP(西川恭史)、西脇畳敷物店(西脇一博)、伊勢建築事務所(伊勢晋祐)
プロデュース:
青木 信生 (GOOD CONDITION CLINIC院長)
Q1: 荒川+ギンズに声をかけてみようと思ったきっかけについて
2011年頃、建造物に限らないあらゆる人工物の設計思想や、人工物と人との間に生じる現象への関心を深める中で、岐阜の養老天命反転地や三鷹の天命反転住宅を訪れたのが荒川+ギンズとの最初の出会いでした。以来クリニック建設に関与いただきたいとの希望があり、この度事務所に相談させていただきました。
Q2:クリニックのコンセプトを教えて下さい
世界の界面をデザインする。生きられている世界の体験が変わる。そこに「わたし」が生成する。そのような装置を私は「からだ-意識-わたしアクセスユニット」と呼んできましたが、それらが集まったテーマパークでもあるクリニックを作りたいと考えました。
Q3:どのような効果を期待しているか?
まずはご自身の身体感覚を頼りに生じた体験を楽しんでいただきたいです。そこには赤ちゃんが世界に初めて触れたときのような驚きがあるように思います。お勧めの「使用法」の一つは、日常生活においては見かけない、自分の内や外に引いた線や面との間で都度生成する「わたし」を観察して楽しむ、というものです。この現象はクリニックの中を歩いているだけでも感じられ、私はアスレチックパークのような感覚で楽しんでいます。そのことによって、「わたし」と思っていたものが何によって貫かれていたかを知りそれを超えていく、「わたし」「家族」「働くこと」と思っていたものが再組織化され、語り直されていく、といった「効用」があるのでは、と考えています。
クリニック 設計・監理:
田村 秀規 (PODA)
いま/ここに立ち上がる「わたし」
本計画は、青木医院長の意向による、荒川修作の思想を臨床空間に適用する試みです。初期代表作「ボトムレス(底なし)」(1963年)をモチーフとした心療内科クリニックとして構想されました。待合には〈天命反転球体〉と〈天命反転茶室〉と呼ばれる空間体験モデルが設置され、来院者が「わたし」 を再組織化する手助けを行います。1994〜98年にA+Gニューヨークオフィスに在籍した経験もあり、荒川の思想に背中を押され、この設計に関わりました。オリジナルのボトムレスⅠ~Ⅲは底すぼまりの鉄製ケージを宙吊りにした作品で、人は頭を突っ込み内部を体験できます。素材・スケール・設置条件 は異なりますが、「ボトムレスⅡ、Ⅲ」のサブタイトルでもある「共身体/Communal Body」という身体の外在性を開く概念を臨床空間に重ね、「わたし」が輪郭を超え、「身体と環境とのあいだに現象する」体験の場をめざしています。
来院者はまず、色彩に満ちた待合に入ります。最も落ち着く場所を選び、腰を下ろします。周囲を観察したのち感覚を研ぎ澄まし、山吹色の球体や黒いフレームの茶室に身をゆだね、新しい身体の使い方を試みます。色彩に耳を澄まし、肌理の違いを鼻で嗅ぎ分け、音響に眼をこらすと、やがて輪郭がほぐれ出すのを感じるでしょう。銀箔色の壁の並びには球体や茶室が映り込み、近づくともうひとりの「わ たし」を俯瞰して見ていることに気づきます。銀箔の背後には底すぼまりの診察室が4室あり、それらのすき間はカウンセリングにも活かされます。診察室の椅子から色のついた壁面の全方位に身体が拡張されるのを感じながら、診察が始まります。受診を終えて待合へ戻ると、訪れたばかりの空間にどこか懐かしさを覚えるかもしれません。――新しい「わたし」がいま、ここに立ち上がります。
協力:
関西大学荒川+ギンズモックアップ研究会
三村尚彦 (関西大学荒川+ギンズモックアップ研究会 主幹、関西大学文学部教授)
関西大学荒川+ギンズモックアップ研究会は、2023年に関西大学研究拠点形成支援経費に採択されて、立ち上がりました。研究の目的は、荒川修作+マドリン・ギンズの「手続き型建築」の形態を探究し、空間と身体感覚の相互作用に基づく新しい空間デザインの可能性を考察することです。これまで「手続き型建築」の理念を議論しながら、空間体験が可能な実物大モデルを3種〈天命反転球体〉、〈蜃気楼階段〉、〈天命反転茶室〉制作しました。
これらのモデルを用いて、ワークショップ、認知科学実験(重心動揺測定、アイ・トラッキングなど)を実施し、手続き型建築の心理学的・認知科学的な分析を行ってきました。このたび、Good Condition Clinicさんに〈天命反転球体〉と〈天命反転茶室〉の2作品を設置することになり、さらに荒川+ギンズ建築の可能性を実践的に検証できることを、大変うれしく思っています。
2024年10月19日(土)、関西大学吹田みらいキャンパス
天命反転球体
関西大学都市設計研究室(木下光・高田勝・石田龍之介)/島津聖(矢野紙器株式会社Able Design事業部/株式会社プレイフルワークス)、制作協力(許信澤・嶋崎友璃奈・西山美里/関西大学都市設計研究室)
荒川修作+マドリン・ギンズは、「 「ひと」は、不可能を可能へと向かわせるための手続きを、からだの行為を中心に考え、行動に移し始めるために「建築」という形式が必要になってきた」と語り、三鷹天命反転住宅において直径3メートルの球体型居室をつくりました。本間桃世氏(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所)は、「過去に見学会でいらした自閉症のお子さんが、この球体の部屋の中に入った途端にスッと落ち着いたことがありました」と述べ、天命反転球体と名付けました。私たちは、天命反転球体をダンボールで制作し、屋内外の様々な場所において使用することによって、荒川修作+マドリン・ギンズのインクルーシブデザインとしての可能性を探っています。その試みの一つとして、GOOD CONDITION CLINICを構成する空間要素として、賃貸ビルの天井高を考慮し2.7メートル直径の天命反転球体をつくりました。プレキャストコンクリートでつくられている三鷹の球体に近づけるために、ダンボールの構造体や600本余りのボルトを見せないように設計・施工しています。内外装にはフルカラー印刷したフィルム(ユポ紙)を用い、内部は三鷹と同じ黄色(CMYK:0/0/100/0)、外部は施主である青木信生先生の提案により山吹色(CMYK:0/45/100/0)としています。心と体を整えるクリニックに天命反転球体が置かれた時、荒川修作が言った「私がやろうとしている建築は、未だ使われていない身体の可能性を発見するためのものです」という意味を知ることができるのではないか、と青木先生と患者さんによって使いこなされる風景に密かな期待を寄せています。
天命反転茶室
設計:小野暁彦(建築家・京都芸術大学環境デザイン学科教授)
施工:HOT METAL SOUP(西川恭史)、西脇畳敷物店(西脇一博)、伊勢建築事務所(伊勢晋祐)
荒川修作+マドリン・ギンズの『意味のメカニズム』 に収録されている「エピナールブリッジ」に向けた数々の「ブランクファニチャー」のスタディを参照項として、ある種の実験装置として制作したものです。「天命反転畳」(と、勝手に呼んでいるもの)が置かれた身体軸を揺さぶるフロア、高周波知覚を担う(記号的で意味的な)エンクロージャー、低周波知覚(周辺視や雰囲気、揺らぎ)を担うルーフ(※今回は大フレームとしてのルーフはスペース上割愛)、という、あえて分節的なダイアグラムとして(分けた上でつなげる)構成した上で、その重層的な経験の可能性を検証するための装置です(同様な構成で4種類構想しているうちのひとつです)。
荒川+ギンズは「虚構の場所」「ブランク(形成するブランク」「空間(形成する時空間」が同時生成することを知るためにまずは「起こりつつあることを組み立てなければならない」と記しています。また原広司はアリストテレスの「場所は境界である」という定義を端緒に「境界は、なんといっても空間の容器性の性質に依拠しており、実際には空間は場としての性格も同時にもつので、そこでは「境界とは何か」をあらためて問い直す必要が生じてくる」と述べ、「ダイナミックな場のなかに規定される境界」としての理解を促しています。荒川+ギンズは「ブリッジ」を「この容器ないし発生器は、全く新しい意識の領域である」と捉えていますが、そのあたりが今回の製作の目指すところだったと思います。そしてそのような装置を「導器」と呼んでもよいのでは、とさしあたり考えています。天命反転茶室(畳)が、臨床の場に設置されることは大変光栄です。なにかしらのフィードバックをいただければ、それがまた次の「導器」への導きになりそうです。
小野暁彦(建築家・京都芸術大学環境デザイン学科教授)



