Distraction Series 19: レイ・ジョンソンと荒川+ギンズ

春から初夏にかけて天候が日々変わる最近のニューヨークはチェルシー街の西19丁目のデイヴィッド・ツヴィルナーギャラリーにて、メール・アートでよく知られるアーティスト、レイ・ジョンソンの展覧会—Ray Johnson: WHAT A DUMP—が今月22日まで開催されています。ジャレット・アーネストのキュレーションによるこの個展は、レイ・ジョンソンエステート所有のコラージュ作品やアーカイブ資料をふんだんに紹介するおすすめの展示です。そこで今回の『Distraction Series』 19号では、荒川とマドリン・ギンズのレイ・ジョンソンとの親交をReversible Destiny Foundationのアーカイブからの資料、さらにはこの展覧会で展示中の作品イメージもあわせて、双方向から振り返ります。

長く親しい関係にあったこの3人の交流の記録は、個人的な内容のメッセージのやりとりのほかにも、やはりジョンソンならではのメール・アート、コラージュ、その他諸々の資料としてジョンソンエステートのアーカイブのみならず、Reversible Destiny Foundationのアーカイブの中にも大変興味深いアイテムとして大切に保管されています。印象的なうさぎのようなキャラクター、コミック・ストリップ、塗り絵本のページ、メール・アートに関するスタンプ、ジョンソンのコラージュの手法を解説するスタンプが繰り返し押されたノートのページ等々、荒川とマドリンのもとにはたくさんの不思議なメールがジョンソンのニューヨーク通信学校(New York Correspondence School; 時にCorrespondance Schoolとも呼ばれる)から郵送されてきました。特にユニークなアイテムとしては、マドリン宛に送られてきたフィンランドのある雑誌の1ページのコピー。そこに掲載されているのはレイ・ジョンソンからのレターですが、タイプライターで記されたこの手紙は雑誌上で鏡文字として左右反転して印刷されており、これを取り囲むフィンランド語と競うかのように読みづらくなっています。

Letter from Ray Johnson to Madeline and Arakawa, 1971
Ray Johnson with Arakawa and Madeline Gins at 124 W Houston St., New York. Courtesy of the Ray Johnson Estate
Ray Johnson mailing describing his collages. Sent to Arakawa and Madeline Gins, c.1981
Comic strip from Ray Johnson, 1976
Mailing from Ray Johnson, 1971
1976年にはジョンソンは<シルエット・シリーズ>の一環として荒川とマドリンの横顔のシルエットを描いています。特に荒川のシルエットはシリーズ初期に制作されたもので、ジョンソンのコラージュ作品中に幾度も出現します。その他にも、コラージュのタイトルに「Arakawa」と言及されているものや、「For Arakawa」と書き添えられているもの、さらには荒川の絵画作品の中に見られるインストラクション的な要素が組み込まれていたりします。例えば1980年作の<Untitled (For Arakawa)>には「・・・宛てに送ってください」(Please send to . . .”の指示書きがあり、このインストラクションによって要請される見る者の行為も作品の重要な一部となっています。マルセル・デュシャンは1957年の「創造的行為」(The Creative Act)と題された講義の中で、鑑賞者とアーティストは同等の立場にあると語りましたが、このデュシャンの存在は、荒川もよく作品構図に使用した「地図」を切り取ってかたどられたシルエットとして、指示書きの上方に出現しています。一方で荒川が言葉による指示を作品コンセプトに取り入れたように、他方でジョンソンは彼のアイコンとも言えるバニーの描き方の説明自体を作品化するなど、二人の繋がりはこうしたアート作品におけるinstructionという概念からも考えることができます。<Untitled (For Arakawa)>の背景に、コラージュの数々に顔面ほぼ全ておおわれてはいるものの、指につけられた蛇のデザインの指輪などからレイ・ジョンソン自身とわかる写真イメージが用いられているのは、この二人の繋がりを示唆するものとも感じられます。蛇のモチーフは、ジョンソンから荒川へのポストカードに書かれた言葉「百の/蛇 ありがとう/再度」や、その他の作品にも見ることができます。
Ray Johnson, Untitled (Madeline Gins), 1976. Pencil on paper, 17 x 14 inches. © The Ray Johnson Estate
Ray Johnson, Untitled (Arakawa), 1976. Pencil on paper, 18 x 12 inches. © The Ray Johnson Estate
アート界の人物が多く登場するジョンソンのコラージュやその他作品の中でも、アンディー・ウォーホルに次ぐ頻度で現れるのが荒川ですが、<Untitled (Warhol with Arakawa and Brillo Box)>(制作年不詳)においてはウォーホルと荒川二人のシルエットが、荒川が上に重なる構成で共存し、作品中に散りばめられた様々な要素がこの二人のアーティストの関係に意味を持たせていきます。ここではウォーホルのブリロボックスに代表される日用品やレディーメイドが二人にとって大切であったことを示すと読めますが、そこから突き出る男根的な形にコミカルな目を落書き的に書き込まれた物体は魚か、果てはウナギでしょうか。この形態の意味するところはなんなのかは、鑑賞者それぞれで行き着く先に違いがあることでしょう。これとはまた別の作品に<Lake Arakawa>と題されたコラージュがあり、日本に「荒川」という河川があることから派生させた言葉遊びの意味合いがあるとしたら、この「荒川湖」には多くのクリエイティブな生き物が生息していることでしょう。ゆるやかな関係性や言葉遊びは<Untitled (BRUNCH)>(1979、1981-1986, 1992)にも見られます。このコラージュには、コカ・コーラを飲む女優シェリー・デュヴァル(Shelley Duvall)が登場し、彼女の頭上には貝殻(SHELL-ey)が置かれています。構図右側に荒川のシルエット、そしてさらに右端へと目を移すと小さく縦方向に「拝啓 8 ½インチ、、、」(‘Dear 8 ½ inches …’; 8 ½インチはアメリカで常用されるレターサイズ紙の幅)という一行があり、計測値や数字は荒川の絵画作品に使われるモチーフであることを思い出させます。また、荒川のシルエット上に大きなレタリングで縦方向に読める一行は「拝啓 アルバート・M・ファイン」(‘Dear Albert M. Fine’)。ファインもメール・アートに参加したアーティストで、荒川のもとにも彼からの郵便が多々送られています。さて、なぜデュヴァルと荒川なのでしょうか。これは解決できない謎であるかもしれませんが、唯一近いのはこの二人の誕生日が1日違いということでしょうか。確かなのはレイ・ジョンソンがデュヴァルのファンクラブの創設者であり会長であったということです。
Untitled (Warhol with Arakawa and Brillo Box), n.d. Collage on board, 12 x 7 5/8 inches. © The Ray Johnson Estate
Untitled (BRUNCH), 1979, 1981-1986, 1992. Collage on cardboard panel, 7 1/2 x 12 1/2 inches. © The Ray Johnson Estate
レイ・ジョンソンはあるインタビューの中で荒川とマドリン両者に言及しています。自分が当時のアート界における様々なグループの活動から外された所に位置する点に荒川と自分との共通性を感じ、また、マドリンに関してはWord Rainに言及し、さらに彼女がマラルメのソネット「白鳥」を翻訳中で、完成後にそれを送ってくれる予定であることを述べています。現在まだ資料確認はできていませんが、マドリンの翻訳の腕は洗練されたものでしたし、この約束が郵便で果たされていたことを期待しています。
Untitled (For Arakawa), 1980. © The Ray Johnson Estate
荒川の存在はシルエットとしてのみならず、レイ・ジョンソンがジェフリー・ヘンドリックスへ宛てた嘆願書中の署名としても見つけられます。これは、ヘンドリックスが頭を剃ることを嘆願した内容と形式のメール・アートです。アーカイブ中には、荒川のラトガース大学における講義に関して訊ねるヘンドリックスからのレターも残されていますので、この二人のアーティストもすでに交流があったことがわかります。レイ・ジョンソンのメール・アートを多方向に辿っていくと、荒川とマドリンもその一部であった当時のアーティスト間のネットワークが鮮やかに浮かび上がってきます。
Beard Petitions: Geoff Hendricks, n.d. Ink on paper, 11 x 8 1/2 inches. © The Ray Johnson Estate
この他にもニューヨークのアーティストたちの世界を垣間見るRDFアーカイブ資料としては、メール・アーティストのジョン・ヘルドJr.による『1979年の通信日記』があげられます。ヘルドによる多くの人達とのレターのやり取りの記録の中にはレイ・ジョンソンとのものも入っていますが、そのうち1979年4月30日付けでヘルドへ送ったレター内で、ジョンソンはフェルドマンギャラリーで荒川展を見た、そしてマドリンとお茶をしたと書いています。
John Held Jr., Diary of Correspondence: 1979. Page six (verso).
Letter from Albert M. Fine to Madeline Gins, 1981
Letter from Albert M. Fine to Madeline Gins, 1981
Letter from Albert M. Fine to Madeline Gins, 1981

アーティスト達のアーカイブに保存された郵便物という一昔前のメディアを通して振り返る一昔前の、でも生き生きとしてユニークな交流関係を、皆様も楽しんでいただけたなら光栄です。

Yours in the reversible destiny mode,

Reversible Destiny Foundation and ARAKAWA+GINS Tokyo Office

Mailings from Ray Johnson to Madeline Gins Arakawa, 1969
Mailings from Ray Johnson to Madeline Gins Arakawa, 1969
Stamps from Ray Johnson to Arakawa
Postcard from Ray Johnson to Arakawa, 1975
Special thanks to the Ray Johnson Estate