Ambiguous Zones 10

荒川修作, 無題, 1968年

みなさまへ

暦の上ではまだ残るところ2週間は夏ですが、リバーシブル・デスティニー財団のオフィスのあるニューヨークでは先月末からすでに秋のハロウィーンや感謝祭へむけてパンプキン・スパイスを加えた商品(ラテ、ドーナッツ、ビール、etc.)がどんどん出始めています。

今月のAmbiguous Zones第10号ではこのような秋の風味にひたる前に、荒川の1968年制作の絵画作品<無題>に描かれたレシピをシェアしようと思います。
よくあるスパイスのばっちり効いたバナナブレッドのレシピに比べると、この絵に描かれるのはまさしくバナナがメインキャラのケーキです。ふわふわ枕のようにたくさんのホイップクリームと共にいただくこのデザートは、夏の終わりを記念するのにぴったりと感じます。
おそらく荒川はこのレシピに沿って実際に菓子を焼くことを念頭には置いていなかったでしょうが、材料も調理法もひとまとめに示されているところは、荒川の他の作品に頻見される思考や身体の動きを促すはっきりとした指示書と同様であるとも考えられます。同じ指示書に沿ったとしても各々がたどり着く結果は違うということを実験してみるのはいつでも楽しい試みです。

Irma S. Rombauer and Marion Rombauer Becker, “Banana Cake,” in The Joy of Cooking (Indianapolis: Bobbs-Merrill, 1963), 630.

元のレシピは、おそらく荒川とマドリンも所持していたであろう『ジョイ・オブ・クッキング』1963年版に掲載されているものです。これはアメリカにおける料理本の決定版とも言え、インターネット以前の時代には一般的に誰もがまずレシピをここから探しました。ネット上にレシピが溢れる現在、果たしてこのレシピを家庭で試すべきでしょうか?「バナナ風味が好きならぜひ試してみてください」という絵の皮切り部分に読める指示に従うのなら答えはイエスです。スパイスを全く使わないこの調理法では確実にこのケーキは潰したバナナの味になります。それが食欲をそそらないようであれば他の作り方を探したほうがよいでしょう。

RDFスタッフの内お菓子作りが好きなアマラとキャサリンは指示に従うことにしました。『ジョイ・オブ・クッキング』は今でも素晴らしい料理本として使われ続けており、最新版にこのバナナ・ケーキが載っていないのは頷けるところです。そこでキャサリンは昔の版を持っているかどうかお父さんにたずねたところ、古いバージョンは無いので代わりにマーサ・スチュワートのバナナ・ケーキの方が良いと何度も勧められたそうです。(確かに彼女のレシピの方が美味しくできそう。)古いバージョンはアマラのお母さんがまだ持っていて、親切にそのページの写真を送ってくれました。(上図)

キャサリンのお父さんの「警告」を知りつつも、アマラとキャサリンは荒川が描いたレシピに従うことを決心。キャサリンは文字通りレシピそのままに実行し、とても甘く少々乾燥気味なケーキが出来上がりました。お菓子作りの経験豊富な彼女には焼く前からこの結果は目に見えていましたが、それでも利他的に描かれた指示にそのまま従ったのでした。なにしろバナナ自体の甘みがある上にものすごい量の砂糖が要求されているのです!
キャサリンの経験から学び、アマラは荒川の絵の下部にリストされた材料のそばに記された「ミステイク」という一語を、見る者が「間違い」を犯して良い合図として解釈し、砂糖の分量をだいぶ減らし、焼き時間も短縮してみたところ、この2つの“間違い(ミステイク)”のおかげで仕上がりが大改善!キャサリンはレシピが勧める一方法にそってバナナ2本分のスライスを挟んだだけのプレーンなケーキとしてまず完成させ、さらにレシピ通りにすぐホイップクリームとともに試食。アマラはケーキを甘くないホイップクリームで挟み、飾り付けは1本分のバナナのスライスを使って2歳になる子供が担当。上に乗せたスライスの内一個が縦向きになっているのがなぜなのかは教えてくれなかったそうですが、最後の仕上げにまたホイップクリームを乗せて完成させました。

結果として二人が合意したのは、スパイスと少々の砂糖を通常使うバナナ・ブレッドの方がバナナ・ケーキよりも美味しい、8月終わりから9月の3週目、つまり暦上ではまだ夏でも秋の気配をより感じ始める、という隙間の時期を橋渡しするにはプラムの方が多分良いフルーツである、ということでした。このバナナ・ケーキには申し訳ないですけれど。

Yours in the reversible destiny mode,
Reversible Destiny Foundation and the ARAKAWA+GINS Tokyo Office