Ambiguous Zones 4: マドリンの誕生日

みなさまへ

マドリン・ギンズの誕生日である11月7日を祝い、本日のAmbiguous Zonesシリーズ第4号は、ギンズの未出版作品をご紹介します。ギンズはこの著書に2つのタイトルの可能性を考えていました — 『今こそ会話:詩人と医者』、もしくは、『今こその医学』。双方とも内容を簡潔に伝えるタイトルです。つまりこの本は、神経学、精神医学、さらには鍼治療などさまざまな分野の医師、専門家、そして患者たちとのインタビューをもとに構成されたものでした。ギンズはこの本で、通常の医学的療法だけでなく、代替療法、ビタミン療法、精神医学、もしくは瞑想や催眠術なども含む心身療法など、多種多様なアプローチを患者・読者が探れるよう情報を提供することを目指していたのです。RDFウェブサイト上でアーカイブに残されたインタビューを厳選して紹介していますのでぜひご覧ください!

マドリン・ギンズ生誕80周年を記念して、皆様ぜひご自身に一番よく合う心身エクササイズを試してみてください。

Yours in the reversible destiny mode,

Reversible Destiny Foundation and ARAKAWA+GINS Tokyo Office

1970年代後半から80年代初期の5年間、ギンズは結果的には未出版に終わった著書のリサーチとして多くの医者や患者とのインタビューを行い、様々な疾患の治療法とその結果例を、可能な限りの情報収集をしながらも、同時に詩人の視点から「直感的観察を保ちつつ」探っていました。ギンズは、このリサーチは単に「全体観的なパッチワークに終わることなく総合的認識を目指すものである」とはっきり記しています。患者は、例えば内分泌学、鍼、精神医学などの専門家や理学療法士から別々の意見を聞くのではなく、これら多岐にわたる療法が全て良いバランスを保って同時に心身に働きかける方法を探ることが大切である、とギンズは示そうとしていたようです。

2020年代に生きる私たちはギンズがこうしたリサーチを行っていた時代よりもはるかに多くの情報にアクセスすることができます。私たちを悩ませる病に関する記事やウェブサイトは「ドクター・グーグル」が無限に提供してくれる反面、情報過多や矛盾するニュースに迷走するばかりになるのも現実です。このような時だからこそ、ギンズがすすめた詩人の視点は新しいアプローチを見出させてくれるものとも言えるでしょう。20世紀後半以降ビジネスとしての「ウェルネス」が広まり、以前は神秘的とも思われていた療法も資金さえあれば違和感なく受療することができるようになりました。今では医師に通常の医学的根拠から診察してもらうと同じように、鍼士からその専門的知識に基づいた治療を提供してもらうことも難なくできるのです。詩人が分野を超える世界観を持つように、私たちも様々な知識分野の壁をこえ、総合的な視野を持つことによって心身の健康のために新しい方法を実践する可能性を見出せる。ギンズはこう語ります:

詩がその効果を発揮するとき、(解明へとむかう段階にある一連の疑惑としての)直感が媒体となり、既知の事柄が容易にはっきりとなる。詩という柔軟で優しい光は、対象となるもの全てが熱意を持って迎えられることを助け、以前までは既知にもかかわらず暗中にあったものをそれ自体がまるで光ってでもいるかのように現前化させ、容易に解明される道へと導く。

ギンズの著書のタイトル候補の一つ『今こその医学』は、11世紀の詩人そして医者でもあり『医学詩集』を編んだイブン・スィーナー(ラテン語名アヴィセンナ)にインスパイアされたものです。スィーナーは『医学典範』の著者でもありますが、ヒポクラテスやガレンなどによる医学や福祉に関する論考を振り返り、詩による表現の方が人々に広まり理解されやすく、また、記憶に残るものであると考えていました。ギンズもまた詩人として同様に医学テーマに取り組んだのです。ウェルネスに関してスィーナーは、健康維持には適度の運動、そして病んでいる時には親しい友人との交流や音楽鑑賞なども含む精神への配慮の重要さを強調しました。

ギンズのインタビューに参加を同意してくれる医師探しは広範囲に渡りました。医学記事や本から連絡先を探すほか、知人からの紹介や推薦、両親の友人の一人からはビタミン専門の医師数名のコンタクトを入手、また他の知り合いからは短いプロファイル付きの日本人医師数名のリストを入手するなど。協力してくれる友人からは医者の名刺をもらったりもしました。連絡リストからは専門分野をもつ医者、一般開業医、リサーチ専門の医師、さらには患者など、可能な限り色々な視点を取り入れることをギンズが目指していた事がわかります。
当時も今も、詩人が取り上げる医療情報はとくに一般世間が気に留めることではないでしょう。しかしギンズは、スィーナーの前例のように、過去には詩人と医者の想像性が混合していた時代もあるとし、先人たちも問いかけた根本的な質問を現代に投げかげたのです。例えは「今日の医学研究の現状は?」、「ダイエットの効能は?」などです。
ギンズの問いかけは、通常の医学的インタビューでは聞き出すことができないであろう詩的な返答を医師から引き出すこともありました。ある神経学専門医は、リサーチの根底の一つに個人的に興味を持つ仏教哲学があることを語りました。そこからギンズはトポロジーのアイデアについての示唆に富む会話へと広げていきます。
また、ユング心理学者でもある精神科医、ドクター・エンゲルとのインタビューで、医師は死に対する憤りへの代替対処法をギンズに提案します — ある建物のアイデアを持って、頭の中に一時的にそれを建築してみる。つまり、「どのくらいの間存在できるか否かを目的とせずに、建物をたてること。」 これは砂の城を熱心に作る子供であればすぐに理解できるであろう行為です。
患者とのインタビューの際には、ギンズは彼女特有の詩的錬金術とも言える表現を通して、困難を生き抜く方法を提案します。いくつもの興味深い質問が、患者の心身の幸福が体の内と外の両方に存在することを想像させると同時に、時間の経験がどのように病んでいる時に変化するかを認識させます。

今回ご紹介した未出版本のアーカイブ資料から、詩的言語がいかにこうした会話を生むことに適しているかが見て取れます。著者であるマドリン・ギンズはこの本の中で、医療研究者、インタビュアー、哲学者、心理学者、さらには診療対象の患者へとも様々に変容するのです。残された多くの会話を読んでいると、それらがスムーズに繋がり、うまく流れるような調子に編集されているのがわかります。未完、未出版の状態でも、この著書は『(マドリン・ギンズにとっての)今こその医学』とは何であるのか、そして様々な方法によって人間がどのように苦難を乗り越えウェルネスを目指していけるのかを考えさせてくれます。数々のインタビューからは、ギンズが根本的には私たちの身体は生まれながらにしてどうすれば病から回復できるかを知っている、そして回復への苦労がこのことを私たちに知らしめる、と考えている様子がわかります。身体が持つ潜在的知識から私たちを遠ざけるようにデザインされた予定調和的な考え方に囚われない為にはどうしたらよいのか。完成、未完成にかかわらず、マドリン・ギンズ、そして荒川のプロジェクトの多くはこの大きな質問に対する回答を出そうとする努力である、ということができるでしょう。

(上図)電話中のマドリン・ギンズ、1980年代後半

(下図)マドリン・ギンズとさまざまな分野の医師、専門家、そして患者たちとのやりとり