Ambiguous Zones 3: お誕生日おめでとう!

完成間近の三鷹天命反転住宅 2005年 撮影:中野正貴

みなさまへ

本日10月15日は三鷹天命反転住宅の「誕生日」であること、ご存知でしたか?今でも日本国内外で異彩を放つ荒川+ギンズ設計のこの建物は2005年の今日、正式に竣工しました。全9戸からなる集合住宅のうち、現在5戸は賃貸として常にご入居者が使用され、その他2戸では見学会、短期滞在プログラム、さらにはテレワークプランを実施、そしてもう1戸はそれらの活動運営と建物の管理を全面一括して行う荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所となっています。毎年世界中から多くの方々がこのユニークな空間を実体験するために巡礼に訪れます。世間に戸惑いを感じさせる稀有なデザインは、16年前完成当時には「これは建築か芸術か」と言う議論を巻き起こしましたが、荒川の目標は常に明らかで、この建築は実際に人が使用する住宅建築として構想されていました。荒川+ギンズが訴え続けたのは、天命反転住宅が日本を変え、そして日本が変われば世界が変わる、というビジョンです。

このように記念すべき日にお送りするAmbiguous Zonesシリーズ第3号では、三鷹天命反転住宅の「メイキング・オブ」ストーリーを、その不思議で複雑な構造がいかに現実の建物へと形作られていったかを、Reversible Destiny Foundationと荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所のアーカイブからデジタル・ブループリントや当時の工事現場の写真などを添えつつご紹介します。 数多くの方々にご訪問いただいているため、建物は16年を経て大規模な修繕を必要としています。来年はじめにはその資金サポートを募るグローバル・クラウドファンディングを立ち上げる予定(日本国内では既にMotion Gallery社のプラットフォームを使用して第一期のクラウドファンディング・プロジェクトが先月より行われています。システム上、日本以外の国からのご支援方法が複雑なため、英語圏の方々にご参加いただけるプラットフォームを別途準備中です!)でおりますので、今後のアナウンスメントにどうぞご留意ください。AZ3号が三鷹天命反転住宅の貴重さを皆様に伝えられますことを願っています。

「誕生日」を迎えた三鷹天命反転住宅と荒川、2005年10月15日
マドリン・ギンズ+荒川修作 『ヘレン・ケラーまたは荒川修作』、渡部桃子 監訳、新書館、2010年
住宅のモデルとなったのはヘレン・ケラー。彼女ならどんな空間に住みたいか — ケラーは私達に、個々の持つ身体は一つとして同じものはなく、各々が特有の空間を生み出し、そしてその環境を使うことができると教えてくれました。その実践の場としての三鷹天命反転住宅は、私達の身体に限りない自由をもたらし、他の住宅建築には見られることのないデザインがそこかしこに散りばめられています。例えば真っ先に知覚されるものに凸凹のある床。常に足裏を意識させ、血行循環も活性化させます。また、視覚の不自由な方々にとっては空間ナビゲーションの助けにもなります。
<三鷹天命反転住宅、壁形態+量、型の定義要素のフルセット>、デジタル・ブループリント
<三鷹天命反転住宅、5部構成ロフト>、2001年、デジタル・レンダリング

さらに不思議な要素としては、床から天井へと渡る複数のポール。これらの使用方法は自由に想像することで多目的に広がっていきます。例えば運動のために利用したり、梯子や棚としても使用可能です。足の不自由な方々にとっては部屋の内部を行き来するときの手すりとしても有効となるでしょう。

理想的住人のモデルとしてヘレン・ケラーが根本にいることからも想像できるように、この建物は建築研究者のみならずその他さまざまな分野 — 福祉、医療、リハビリなど — の専門家からも注目を浴び続けています。さらには、障害者向けプロダクトや環境デザイン関係の方々には、オルタナティブな思考を促す空間としても興味を持っていただいています。このように様々な面で、これからますます多様化しつつも調和の取れた共存が求められる社会への貢献となっている建築です。

荒川+ギンズは2002年出版のArchitectural Body(建築する身体)にこう書いています - 「私たちホモ・サピエンスも、全ての他の種と同様、個々のメンバーの生存可能性を高めることに十分役立つような固有な建築を持っています。しかし生命を再定義できるほどの建築からは、いまだほど遠いのです。本書で語る建築は、私たちの種が手を伸ばせば届く範囲にあります。それは人間の概念を拡張し、再度作り変えるほど緩やかで自由度のある仕方によっておこなわれます。」* このように野心的な建築へと手を伸ばし、実際に作り上げるというのは並大抵のチャレンジではありませんでした。前代未聞のプロジェクトを完成まで導くには建築分野の精鋭達からなるチームが必要と、荒川は自ら大手設計事務所やゼネコンの代表者を訪ね、その結果、実施設計は安井建築設計事務所、施工は竹中工務店という天命反転・ドリームチームが結成されました。

工事進行中の建築現場
工事進行中の建築現場、2005年2月10日
(上) 工事進行中の建築現場、(下) 三鷹天命反転住宅、デジタル・レンダリング
ロフト内の凸凹のある床の形成作業
竣工間際のロフト内にて、荒川と本間桃世(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所代表)、2005年。キッチン・カウンター上、荒川の右手横にArchitectural Bodyの日本語版『建築する身体』(2004年出版)が見える。
建築現場にて、2005年 撮影:中野正貴
上空から見る三鷹天命反転住宅
三鷹天命反転住宅はその誕生時には奇抜なアート作品、または喫驚な建築物として、奇異の目で見られることも多々ありました。鮮やかな色合いと愉しい形の組み合わせを持つその姿は、今でも道ゆく人々や車の目を引きますが、このように突出した建築がますます規格化・画一化の進む街並みの中に実在するという事は、現在では住民の方々はもちろんのこと、過去様々なイベントやプログラムにご参加くださった方々から好意と敬意を得ています。荒川+ギンズが訴えたように、ここは皆さまそれぞれが主人公になり、生命の再定義と人間概念拡張のストーリーを常に生み出し続けることのできる建築なのです。
夜の三鷹天命反転住宅、2006年

Yours in the reversible destiny mode,

Reversible Destiny Foundation and ARAKAWA+GINS Tokyo Office

*Madeline Gins and Arakawa, Architectural Body (Tuscaloosa and London: University of Alabama Press, 2002), xi–xii. 日本語版『建築する身体:人間を超えていくために』(東京:春秋社、2004)、ii頁.