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Distraction Series 6: ドクメンタ4(2020年6月15日 公開)

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Distraction Series 6: ドクメンタ4 / documenta 4(2020年6月15日 公開)

Documenta 4

『Distraction Series』第6号では、1968年ドイツのカッセルにて6月から10月にかけて開催された国際展ドクメンタ 4を振り返ってみたいと思います。荒川修作は、この4年もしくは5年に一度開催される展覧会にこの年と1977年の2度参加しています。

 

ドクメンタは1955年、西ドイツ(当時)を美術の国際舞台へ復活させ、特にナチスにより「退廃芸術」とみなされていたモダンアートを、カッセルを中心として再び人々が鑑賞できる場を提供するために始められました。その第4回目が開催された1968年は、公民権運動、民主化運動、反戦運動など、世界中で様々な抗議運動が活発に行われていた要の年。そんな中この美術展にも、組織や内容に公正さを求める大きな変化が起こりました。それまでのモダンアート回顧展という性質が、今生まれくる美術、つまりコンテンポラリー・アートを中心とした展示へとがらりと方向を変えたのです。公式テーマは「アートはアーティストが創るもの」でしたが、一般に広まったスローガンは「今までで一番若々しいドクメンタ」。芸術監督のアーノルド・ボーデは企画概要においては責任を持ったものの、より民主的な作家選考プロセスを取り入れるためにディレクター役から退き、作品最終決定権は若い世代のアドバイザーからなる顧問会に委ねられました。その結果、展示作品の大半は近年制作、もしくはこの展覧会用に制作された最新作となったのです。多くの観衆に多種多様な作品と出会う機会を提供し好意的な反響をえた反面、国際展であるはずがその多くがアメリカ出身のアーティストであったため、顧問会へ対する厳しい批判もあがりました。実際、参加作家全149名中51名がアメリカ人であったこの展覧会のテーマは「アメリカーナ」であると揶揄されました。当時のアメリカン・アートを代表するポップ・アート、ミニマリズム、カラー・フィールド・ペインティング、オプ・アート、ポスト・ペインタリー・アブストラクション、そして多少のコンセプチュアル・アートなど、展示内容を振り返ってみると興味深いのは、作品の多くはそれほど直接的に政治的なものでもなかったという事です。そのためオープニング当日には、選考から外されたドイツやその他の国出身のコンセプチュアル・アーティストやパフォーマンス・アーティスト(例えばフルクサス、またハプニングを主としたアーティスト達)が抗議運動を主導し、うち4人のドイツ人アーティストは“Honey Blind”(ハニー・ブラインド)と題したアクションを行いました。これはオープニング記者会見に用意されたマイク、テーブルや椅子に蜂蜜をかけ、スピーチをするキュレーターなどを含む会見参加者を次々と抱きしめキスをしてまわるという妨害アクション。これには赤い旗を振りかざして学生達も参加しました。

 

Reversible Destiny Foundationのアーカイブからは荒川とマドリン・ギンズのドクメンタ4での抗議運動や1960年代後半のアメリカでの公民権運動への見解をはっきりと記す資料はまだ見つかっていません。しかし、荒川が日本で「反芸術」を掲げ、体制に批判的であった前衛美術グループのネオダダイズム・オルガナイザーズのメンバーであった事や、二人がコード・ピンク(Code Pink、米サンフランシスコを拠点とした女性主導の反戦活動団体)に深く興味を抱いていた事、さらにはギンズが“Occupy Wall Street”(ウォール街占拠運動)を支援していた事などをあわせて考えてみると、荒川とギンズの作品が常に既成の枠組みー精神的、身体的、または組織的なーを取り払うことに焦点を当てていた事が読み取れることでしょう。ドクメンタ4に出展された荒川の6作品をウェブサイトからぜひご鑑賞いただき、こうした文脈を踏まえながら読み解いてみてください。

 

Yours in the reversible destiny mode,

 

Reversible Destiny Foundation and ARAKAWA+GINS Tokyo Office

 

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Arakawa, 《Name's Birthday (a couple) / 名前の誕生日(カップル)》 1967, oil on canvas

 

左右二枚のパネルに微妙な差異を持つ、窓のある部屋の内部が俯瞰図として描かれている。 左側のパネルでは線と括弧によって部屋の内部における物体の位置と輪郭が示され、それぞれの物体はそれを表す単語で表記されている。ここでは建築青写真のように全て物体は量としてではなく2次元表面にのみ存在する。影として見える緩く束ねられたロープからのびる線が矢印へ記号化されて物体一つ一つを指し示す。各々の物体の動きによって刻一刻と変化する物体間の関係性を身体的に感じる動きとして見せようとしているのだろうか。実物のロープの上からスプレーをかける事によって記された影は多次元空間を示唆している。右側のパネルでは、単語は数字に差し替えられ、さらに青写真的な要素を強調する。また、このパネルでは窓は開いており、黄色く塗りつぶされた部分が、隙間から部屋の内部へと差し込む光を想起させる。さらに、色として表現された光は、両方のパネルの下部を横断する斜線として挿入された色のスペクトラムへ繋がっていく。左右のパネルの微妙なズレは、見方の変化と動きを示し、それはさらに作品構図の上部に見える右から左へと移ろう残像のような靄によって強調される。そして右パネルに見られる「mistake」(間違い)の言葉に気づくとき、鑑賞者はキャンバスの現実空間へと引き戻される。

 

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Arakawa, 《分断された連続体 / Separated Continuums》, 1966

 

《名前の誕生日(カップル)》にも見受けられた日常的な物体が言葉として現れるこの作品。しかしここでは言葉はグリッドと線という時空間の尺度の中に見出される。荒川はここでは遠近法ではなく、時間軸を通して空間を理解する。分断された連続体とは、私たちの生の経験と知覚する経験との違い、もしくは、ある物体の意味や存在と私たちがその物体を知覚する事の隔たりを示唆するのかもしれない。

 

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Arakawa, 《未知の血液 / Unknown Blood, 1965, graphite, ink, and spray paint on paper

 

この作品はドクメンタ4に出展された荒川作品全6点中唯一のドローイング。キャンバスもしくは紙と見られる絵画的表象の場が、アパートもしくは家の平面図の上に、別次元あるいは別空間を示唆するかのように重ねて描かれている。そしてこの「場」の右上の角にナイフが突き刺さったように描かれている。ナイフの二つの影は少なくとも二つの光源を示唆する。一つの影はナイフの形をみせ、もう一つの影は同じ対象物であるはずのものをスクリュードライバーへと変身させる。残りの3つの角はキャンバスあるいは紙を手前に折り返したかのように描かれ、その裏側を見せている。右下角の折り返しからは絵具が流れ出し、タイトルにある「血液」を連想させる。絵画的表象の場はナイフで突き刺され、エクトプラズムのような黄色の血液が裏側に隠されたはずの未知の次元から滲み出し続ける。

 

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documenta 4, catalog, pp.20-21, Druck + Verlag, GmbH, Kassel, 1968. At right: Arakawa, 《無題 / Untitled》 , 1964-65, ink, tempera, pencil, marker on canvas

 

一連の様式のつながりが構図を占めるこの作品を、荒川による記号、表象、そして空間表現の方法を踏まえて読み解こうとすると、次のように解釈することもできるであろう。例えば、荒川作品に頻出するロープ、もしくは糸のモチーフから考察を始めれば、これは《分断された連続体》でも見られるように、時空間を交差しある特定のグリッド状に示された次元軸の折り目に着地する物体。また、このグリッドの左側に見られるプリズムのようなパターンは様々な色の光を照射し、それらの光も同様の折り目へと矢印に示されるように動いていく。全体の構図は、はっきりとどの地点から鑑賞者がこの想像された空間、もしくは現実空間へと入り込み、関係すべきであるかを示すものではない。確かなのは、ここでは鑑賞者が単なる視覚上の鑑賞ではなく、解読する者になる、という事実である。. 

 

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documenta 4, catalog, pp.20-21, Druck + Verlag, GmbH, Kassel, 1968. At left: Arakawa, 《アルファベット・スキン No. 3 / Alphabet Skin No.3》 1966-67, oil on canvas. At right: Arakawa, Fifty two (52)》 1966, oil on canvas

 

《アルファベット・スキン No. 3》 1966-67年、及び、《Fifty two (52)》 1966年は、《名前の誕生日(カップル)》や《分断された連続体》と同様な働きかけを鑑賞者へと促すが、数字と言葉という記号論的な要素がここで対峙することはない。

 

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Arakawa, 《Fifty two (52)》 1966, oil on canvas